PTAの行事「地域懇談会」が行われる。
夜、夕食の支度をした後に集まれるぐらいの時間に、親と学校の先生が地域の公民館などに集まって懇談する、と言うもの。

教師との懇談など、PTAの役員をやってなければ死んでも行かないところだが、今年は仕方がない。
とにかくおとなしくしてよう、と思いつつ、行く。

各地域で行われていて、教師たちも分散して参加しているはずなのに、校長を始め結構曲者の教師たちが来ている。保健室の先生もいる。

まず自己紹介、となった。
既にして私の中には悪魔的な気持ちが芽生えている。
校長も保健室の先生も他の教師たちも、学校の異端児である私の息子のことはよーく知っているはずだ。
そしてその生徒の「どうしようもない母親」のことも、障害児学級の担任からグチ交じりにいろいろ聞いていてよーく知ってはいても、おそらく顔は知らないはずだ。なんせ私は、教師のいる時間帯には学校には行かないから。(PTAの集まりは大体土曜日)
だから自己紹介のときに「○年×組と障害児学級の両方で 大変 お世話になっております、もりの息子の母親です」
と言ってやった。
すると案の定教師陣、それぞれが大きくうなづいて「ああ、この人が・・」と言う顔をする、という他の人には見せなかった反応を見せた。

そして懇談が始まる。
おとなしくしてよう、と思っていた。
教師たちはくだらない校則を世間の常識のように口にして、「我が校が他の中学に比べていかに生徒の管理が行き届いているか」という話を鼻高々に話す。
他の中学に行ってみると、すれ違っても挨拶もしない生徒が多く「なんだこいつら」と思うらしい。
それにくらべて我が校の生徒は、校内で誰とすれ違おうとも必ず大きな声で挨拶をする、ということがご自慢らしい。
同じ人と何度すれ違おうとも、何度でも同じように挨拶する、ということが、大変ご自慢らしい。

なんじゃ、そりゃ、と思う。
誰だかわからないおっさんは、たとえ他の学校の教師であれ、知らない者にとっては「不審者」でしかないだろうに。
どこの誰だかもわからないのに、「校内で出会う人間にはとにかく挨拶しろ」という指導が本当に正しいのか?
そして「とにかく言うとおりにしてりゃうるさくないから」とそれに従う生徒たちは、教師が思うほど優秀なのか?

靴下にはライン1本入っていても違反だという。ひとつを良しとすると、それならあれもこれもと芋づる式にルーズになるから、ライン1本といえども侮れないらしい。
靴下のライン1本を許したがために、いったいどこまでルーズになるというのかわたしにはわからない。

既に腰パンの男子も、スカートをウエストで巻き上げてミニにしてる女子も、眉をそりこんでいる子供たちも、たくさんいるというのに。
「困った現象」といいながら、取り締まりきれてないくせに、校則の厳しいことを自慢げに言う感覚がわからない。

最近の整髪料は「無香料」でサラサラしてるからやっかいだという。
男子の髪がつんつんたっていても、寝癖なのかセットしてるのか、匂いを嗅いでも水で濡らしてもわからないから悩むそうだ。
そこまでしてもわからないものを、なぜ取り締まらなければならないのか、ということに、私は悩む。
天然パーマの強いうちの息子など、髪が膨らむのを防ぐために整髪料を使う。それでもつんつんしていて整髪料を使っているのがわかったら「お前、セットしてるだろう」と言われるんだろうか。

しかしその辺りはまだ、こぶしを握り締めて黙っていた。
こんなことで突っ込んでも、価値観が根本から違うから無駄だとわかっているから。

しかしその後、危機がやってきた。
あるお母さんが自転車通学の範囲について質問した。
うちの地域は田舎なので、校区がかなり広く、徒歩3〜40分ぐらいのところはまだ自転車通学が認められていない。
なのでそのお母さんは「範囲を広げて欲しい」という要望を口にしたのだ。
最初の校長の答えはこうだった。「自転車置き場の広さの問題もあって、現状増やすことができない」
ぴくっときた。「自転車置き場の広さ」だぁ?
置くとこないから歩いて来いってか?
思わず訊いていた。「自転車置き場の広さが基準なんですか?」
「そうです」と言い切る校長。
続けて「自転車置き場の広さが基準で歩かされるって言うのは、子供立場で考えたら・・」と言いかけた私の目は三角になってたのだろう。
他の教師があわてて「いや、まず距離の基準があるんですよ」と口を挟んできた。
なぜそれを最初に言わないのか。
今、半径○キロメートルが基準になって自転車通学範囲が決められているのだ、と。その基準を崩すことには周りの誰もが納得する理由がないとなかなか難しいのだ、と。
そういう客観的に正当な理由が最初に、というか、横から口を挟んでもらわないと出てこないということ自体に、本音がどこにあるか、ということが透けて見えてしまう。

そもそも自分たちの給料がどこから出ているのか、という意識のない公務員教師など、結局この程度だ。自分たちは車ですいすい通勤してきて、子供たちの負担などへとも思わないばかりか、「子供なんだから」その程度で十分と思っている。

その後、通学路の話が続き、いつも「危ないのになぜここを通すんだろうか」と誰もが思っている道について聞いてみると、「あそこでは以前に事故があった、あっちには信号がない、向こうは踏み切りを通らなければならない、こっちは下校時刻が遅くなったときに街灯がない」という消去法で、「現状、まだ事故が起こったことのない箇所」がそこだけ、という理由だった。
ではあそこで接触事故のひとつでも起これば、もう子供たちは学校に行く道がなくなることになる。
安全指導というものは、危ない箇所を通行禁止にすることではないんじゃないの?
しかしその辺を突っ込むと「自治体にいろんな要望は出しているが、なかなか改善『してくれない』『してもらえない』」と、とたんに他力本願な口調になる。

私も教師も、顔は笑っていたが口調は全然笑っていなかった。
不穏な空気を察したPTAの会長が「そろそろ時間も遅くなりましたので・・」とうまく締めてくれて、私もなんとか爆発せずにすんだが、あのままやり取りが続いていたら本当に危ないところだった。

やはり教師は天敵だ。
そして私はやはり、かわいい子供たちを敵から守っていかねばならないと決意を新たにしたのだった。

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