一日一日を私の一生と思いつつ
2009年4月18日 TV本日は会社はお休みで。
レンタル中の「大河ドラマ義経」のDVD2枚を、結果的にいっき見してしまった。
今日見たのはDisc7、8で、話としたら25回~31回。
25回は「義仲最期」、27回は「一の谷の奇跡」、このあとから義経の本当の波乱が始まるわけで、いよいよ目が離せなくなってきた。
このドラマは、脚本がすごくいいです。
一人一人に対する目線が温かいというか。人はみんな、自分なりの道理を持って生きているわけで、他人は結果だけをみて無責任なことを言うのだけど、当人はみんな自分なりの考えで一生懸命生きているわけで、そこのところをちゃんと描いているから、登場人物がみんな魅力的で、だからこそそういう人たちがなかなかわかり合うことできずに戦いになってしまう歴史の悲劇というのが浮き彫りになってきます。
そして特に、私が心を動かされるのは平宗盛。
清盛の、いわば「不肖の息子」宗盛。正妻・時子との間の正式な嫡男でありながら、先妻の息子の重盛が在るうちは跡取りの座は重盛のもので自分の出番はなく、重盛が早世し清盛亡き後、今こそ自分が、という思いで平家を引っ張っていこうとするのだけど、どうにも能力が及ばない。生れながらの素質という点で、どうにも足りない。そういうことってやっぱり、誰よりも本人が一番わかるんだよね。子供の頃から積もりに積もった劣等感を胸深くに収め、「我こそは清盛嫡男」という誇りでなんとか自分を支えて無理に胸張る姿が、本当に痛々しくて(演じる鶴見辰吾がまた上手い)、涙が出てきます。
頼朝にしても、私はこれまではただ「人一倍ひがみっぽく疑り深い人」という印象しかなかったけれど、この脚本ではこの人なりの「新しい世の中」というのが、それまでの武家社会の価値観からかけ離れていたために、それを理解できない義経に対して厳しくなることも頼朝なりの道理なんだと納得してしまったり。
今日見た中での頼朝のセリフ「源氏とか平家とかはどうでもいいのじゃ」
能力のあるものは誰でも活躍できる武家社会を目指す、という頼朝の理想はわかるし、現代の感覚からすればそれこそが社会の在るべき姿だと思うのだけれども、義経という人は平家とか源氏とかがどうでも良くないからこそ、そのはざまで翻弄されてきた人なわけだから、そりゃあそう言われちゃったらすんなりとは理解、というより納得できないだろうし、「今までさぞ辛かったことであろう」と嘘泣きでも涙してくれる法皇をむげにできないのも道理だと思うんだよね。
で、そんな風に、義経と頼朝がなぜ兄弟でありながら分かり合えなかったのか、ということも非常にわかりやすく納得のいくように見せてくれていると思います。
そうそう、一の谷に出陣する前の静との別れのセリフも心に沁みた。
静「一日一日を私の一生と思いつつ、過ごして参りました」
義経「生きるか死ぬか知れぬが、いずれにしても、私が戻るところは静のもとぞ」
「一日を一生と思って過ごす」・・・心にずしーんと来ました。なんかもう、自分の人生が恥ずかしくなるような。
そして義経は、「生きて戻るのは」じゃないんだよね、たとえ死んでも、心は静のもとに戻るよって、すごい深い愛のセリフだよなぁ~って、ただ向かい合って語り合うだけのシーンなんだけども、美しいシーンでした。
さて、いよいよ壇ノ浦へ・・・。
せっかく平家を滅ぼすのに、兄頼朝とは袂を分かつ結果になってしまうのですね。
そのあたり、どのように見せてくれるのかが楽しみです。
レンタル中の「大河ドラマ義経」のDVD2枚を、結果的にいっき見してしまった。
今日見たのはDisc7、8で、話としたら25回~31回。
25回は「義仲最期」、27回は「一の谷の奇跡」、このあとから義経の本当の波乱が始まるわけで、いよいよ目が離せなくなってきた。
このドラマは、脚本がすごくいいです。
一人一人に対する目線が温かいというか。人はみんな、自分なりの道理を持って生きているわけで、他人は結果だけをみて無責任なことを言うのだけど、当人はみんな自分なりの考えで一生懸命生きているわけで、そこのところをちゃんと描いているから、登場人物がみんな魅力的で、だからこそそういう人たちがなかなかわかり合うことできずに戦いになってしまう歴史の悲劇というのが浮き彫りになってきます。
そして特に、私が心を動かされるのは平宗盛。
清盛の、いわば「不肖の息子」宗盛。正妻・時子との間の正式な嫡男でありながら、先妻の息子の重盛が在るうちは跡取りの座は重盛のもので自分の出番はなく、重盛が早世し清盛亡き後、今こそ自分が、という思いで平家を引っ張っていこうとするのだけど、どうにも能力が及ばない。生れながらの素質という点で、どうにも足りない。そういうことってやっぱり、誰よりも本人が一番わかるんだよね。子供の頃から積もりに積もった劣等感を胸深くに収め、「我こそは清盛嫡男」という誇りでなんとか自分を支えて無理に胸張る姿が、本当に痛々しくて(演じる鶴見辰吾がまた上手い)、涙が出てきます。
頼朝にしても、私はこれまではただ「人一倍ひがみっぽく疑り深い人」という印象しかなかったけれど、この脚本ではこの人なりの「新しい世の中」というのが、それまでの武家社会の価値観からかけ離れていたために、それを理解できない義経に対して厳しくなることも頼朝なりの道理なんだと納得してしまったり。
今日見た中での頼朝のセリフ「源氏とか平家とかはどうでもいいのじゃ」
能力のあるものは誰でも活躍できる武家社会を目指す、という頼朝の理想はわかるし、現代の感覚からすればそれこそが社会の在るべき姿だと思うのだけれども、義経という人は平家とか源氏とかがどうでも良くないからこそ、そのはざまで翻弄されてきた人なわけだから、そりゃあそう言われちゃったらすんなりとは理解、というより納得できないだろうし、「今までさぞ辛かったことであろう」と嘘泣きでも涙してくれる法皇をむげにできないのも道理だと思うんだよね。
で、そんな風に、義経と頼朝がなぜ兄弟でありながら分かり合えなかったのか、ということも非常にわかりやすく納得のいくように見せてくれていると思います。
そうそう、一の谷に出陣する前の静との別れのセリフも心に沁みた。
静「一日一日を私の一生と思いつつ、過ごして参りました」
義経「生きるか死ぬか知れぬが、いずれにしても、私が戻るところは静のもとぞ」
「一日を一生と思って過ごす」・・・心にずしーんと来ました。なんかもう、自分の人生が恥ずかしくなるような。
そして義経は、「生きて戻るのは」じゃないんだよね、たとえ死んでも、心は静のもとに戻るよって、すごい深い愛のセリフだよなぁ~って、ただ向かい合って語り合うだけのシーンなんだけども、美しいシーンでした。
さて、いよいよ壇ノ浦へ・・・。
せっかく平家を滅ぼすのに、兄頼朝とは袂を分かつ結果になってしまうのですね。
そのあたり、どのように見せてくれるのかが楽しみです。
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