宝塚月組「1789-バスティーユの恋人たち」
2015年5月3日 演劇
GWはカレンダー通りにお休み。
とりあえず宝塚だよね、ということで、大劇場で絶賛上演中の月組公演に。
フランス原産のミュージカルの日本初演版。
前売りがさっぱり売れず、私は楽しみにしていたので「なんで~???」と思っていましたが、幕が開いてみれば観に行った人たちからは絶賛の嵐。また、「宝塚らしくない」という感想も多数。
My初日は5月17日でしたが、そんないろんな感想に刺激され、「とてもそれまで待てない!」状態になり、急きょ行ってきました。
百聞は一見に如かず。観に行って納得。
今回の公演、宝塚歌劇としてはとても冒険というか、実験的というか、確かに「らしくない」ものでした。
1789年のフランス、と言えば、宝塚大得意のフランス革命の年であり、そのお話なのですが、その革命の年を平民側からと貴族側からの両面から描いている物語です。
登場人物は平民側の人々、貴族側の人々、と分かれてはいますが、その中での主要な人々、という以上に「特にこの人が主役」という設定はされておらず。
それを宝塚風に潤色することで、平民側はロナン・マズリエ(龍真咲)(とオランプ・デュ・ピュジェ(Wキャスト:私が観た時は早乙女 わかば )のカップル)が、貴族側はマリー・アントワネットがクローズアップされてかろうじて「主役」的な立場になっています。
歌のパートなど、フランスの原版とは入れ替わりがあってロナンの歌が増えたりはしているようなのですが、それでも。
普段の宝塚作品での主役と脇役の差が階段のてっぺんと一番下ぐらいの差があるとすると、今回の「主役」ロナンの立ち位置は「脇役」であるカミーユ・デ・ムーラン(凪七瑠海)、ロベスピエール(珠城りょう )、ダントン(沙央くらま )らと比べて階段2、3段ぐらいの違いしか感じられません。
しかも、貴族側は革命が近づくにつれてバラバラになっていく中で、王妃マリー・アントワネットの悲哀がクローズアップされるのに対して、平民側はどこまでも集団としての総意で動くので、マリー・アントワネットほどにはロナンは目立ってこないのです。
男役トップスターという「確固たる主役」が決められている宝塚で、よくこういう作品をやろうとしたな、という驚きがありました。
しかも、ロナンの恋愛の相手役が娘役トップの愛希れいかではないというのも、宝塚の常識からしたら異例のことです。そして、今回、その愛希れいか=ちゃぴちゃんはマリー・アントワネットを演っていおり、私の個人的な印象としては、ロナンをしのぐ存在感で、この作品で誰が主役と言われたらこの人ではなかろうかと思ってしまう程でした。
今回、2階のA席という、舞台全体を俯瞰できる位置からの観劇だったこともあって、宝塚歌劇というより、どこかの普通の劇団の公演を観ているような感じになる瞬間もあって、不思議な感覚でした。
ただ、考えようによっては、今の月組だから出来たものとも言えるような気がします。
5組の中で唯一、故意に宝塚的システムを作動させまいとしているようにも見える月組。
番手をはっきりさせないし、ちゃぴの扱いの重さも他の組の娘役トップと明らかに違う。
まさおの任期が長くなっていることも、劇団として、月組でやろうとしていることがあるのかもしれません。
話がそれましたが、この作品。
音楽はフレンチポップ、あるいはロックテイストで心地よいです。
そしてダンスアンサンブルがまた素晴らしい。
舞台装置も衣装も凝っていて、目にも楽しいです。
貴族側のアルトワ伯を演じている美弥るりかが魅力的で、彼女は本編が終わった後、初舞台生のロケットへ繋ぐ間の銀橋渡りを担当しているのですが、美しいです。
そのあとに展開されるショーも、超絶カッコイイ。電子音の音楽での大階段を使ったダンスは、星組ロミジュリの時のショーにも引けを取らないのではないかと思う程です。
一人一人が自分の役をしっかりモノにしていて、歌にも不安がなく、レベルの高いものに仕上がっていると感じました。
5月の半ばと、前楽の日と、あと2回観に行きます。
きっと進化した舞台が観れるでしょう。楽しみです。
とりあえず宝塚だよね、ということで、大劇場で絶賛上演中の月組公演に。
フランス原産のミュージカルの日本初演版。
前売りがさっぱり売れず、私は楽しみにしていたので「なんで~???」と思っていましたが、幕が開いてみれば観に行った人たちからは絶賛の嵐。また、「宝塚らしくない」という感想も多数。
My初日は5月17日でしたが、そんないろんな感想に刺激され、「とてもそれまで待てない!」状態になり、急きょ行ってきました。
百聞は一見に如かず。観に行って納得。
今回の公演、宝塚歌劇としてはとても冒険というか、実験的というか、確かに「らしくない」ものでした。
1789年のフランス、と言えば、宝塚大得意のフランス革命の年であり、そのお話なのですが、その革命の年を平民側からと貴族側からの両面から描いている物語です。
登場人物は平民側の人々、貴族側の人々、と分かれてはいますが、その中での主要な人々、という以上に「特にこの人が主役」という設定はされておらず。
それを宝塚風に潤色することで、平民側はロナン・マズリエ(龍真咲)(とオランプ・デュ・ピュジェ(Wキャスト:私が観た時は早乙女 わかば )のカップル)が、貴族側はマリー・アントワネットがクローズアップされてかろうじて「主役」的な立場になっています。
歌のパートなど、フランスの原版とは入れ替わりがあってロナンの歌が増えたりはしているようなのですが、それでも。
普段の宝塚作品での主役と脇役の差が階段のてっぺんと一番下ぐらいの差があるとすると、今回の「主役」ロナンの立ち位置は「脇役」であるカミーユ・デ・ムーラン(凪七瑠海)、ロベスピエール(珠城りょう )、ダントン(沙央くらま )らと比べて階段2、3段ぐらいの違いしか感じられません。
しかも、貴族側は革命が近づくにつれてバラバラになっていく中で、王妃マリー・アントワネットの悲哀がクローズアップされるのに対して、平民側はどこまでも集団としての総意で動くので、マリー・アントワネットほどにはロナンは目立ってこないのです。
男役トップスターという「確固たる主役」が決められている宝塚で、よくこういう作品をやろうとしたな、という驚きがありました。
しかも、ロナンの恋愛の相手役が娘役トップの愛希れいかではないというのも、宝塚の常識からしたら異例のことです。そして、今回、その愛希れいか=ちゃぴちゃんはマリー・アントワネットを演っていおり、私の個人的な印象としては、ロナンをしのぐ存在感で、この作品で誰が主役と言われたらこの人ではなかろうかと思ってしまう程でした。
今回、2階のA席という、舞台全体を俯瞰できる位置からの観劇だったこともあって、宝塚歌劇というより、どこかの普通の劇団の公演を観ているような感じになる瞬間もあって、不思議な感覚でした。
ただ、考えようによっては、今の月組だから出来たものとも言えるような気がします。
5組の中で唯一、故意に宝塚的システムを作動させまいとしているようにも見える月組。
番手をはっきりさせないし、ちゃぴの扱いの重さも他の組の娘役トップと明らかに違う。
まさおの任期が長くなっていることも、劇団として、月組でやろうとしていることがあるのかもしれません。
話がそれましたが、この作品。
音楽はフレンチポップ、あるいはロックテイストで心地よいです。
そしてダンスアンサンブルがまた素晴らしい。
舞台装置も衣装も凝っていて、目にも楽しいです。
貴族側のアルトワ伯を演じている美弥るりかが魅力的で、彼女は本編が終わった後、初舞台生のロケットへ繋ぐ間の銀橋渡りを担当しているのですが、美しいです。
そのあとに展開されるショーも、超絶カッコイイ。電子音の音楽での大階段を使ったダンスは、星組ロミジュリの時のショーにも引けを取らないのではないかと思う程です。
一人一人が自分の役をしっかりモノにしていて、歌にも不安がなく、レベルの高いものに仕上がっていると感じました。
5月の半ばと、前楽の日と、あと2回観に行きます。
きっと進化した舞台が観れるでしょう。楽しみです。
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