映画「ミッドサマー」
2020年7月16日 映画 コメント (2)日記羊さんの日記から興味を持った映画、観ました。
最近日本でも大流行りの「北欧風」の魅力満載の、明るくて美しいホラー映画。
ホラーとしてはかなり親切。これから何が起こるか、ほぼわかります(^_^;)。
現実かどうかとか、正気かどうかとかも、かなり親切にわかりやすい。
一般社会とはかけ離れた思想と秩序で営まれる村、そのシステムも村人が折に触れきちんと説明してくれるので、何事かが起こっても「ここはこういうところなんだな」で納得してしまいました。
あと、自分の無知&鈍感で、怖がるポイントを逃したな、というところがありました。
ジョシュが殴られて倒れた後の「音」。全然なんだかわかんなかったけど、わかった人にはものすごく怖いポイントだったらしい。
もう一つは「血のワシ」。知らなかったので、サイモンが吊るされてるのは分かったけど、これはいったいどういう状態?ってなって、巻き戻して見直してもわからなかったという。「皮を剥がされたのかな?」ぐらいは思ったけど、わからないと怖くないもんですね・・・
気になったのは、ドラッグについてで。
村に行く途中休憩の場所で、「一休みしてお茶でも」的な気軽さでドラッグが配られるのが、「え~、外国ではこういうもんなの?」みたいな、でもダニーはちょっと戸惑ってたしなぁ、とか、ちょっと混乱しました。
結局、村ではことあるごとにドラッグ。
だから、この村は確かに村独自のシステムで安定してるかもしれないけど、根源的にはドラッグに支配されてる狂気の村ってことなのかもしれないなと思いました。そう思うと、監督の「ダニーは狂気に堕ちた者だけが味わえる喜びに屈した。ダニーは自己を完全に失い、ついに自由を得た。」と言う言葉も腑に落ちるなあと。
ダニーの孤独感って、よくわかるんです。彼女には精神的に不安定になる理由がちゃんとある。だけど周囲はそれを全く理解せず、メンヘラでメンドクサイ女、ぐらいにしか思ってない。
ダニー自身も、周りに頼りすぎちゃいけないと思って自分を抑えることで、さらに精神的に不安定になる。
そういう人間に一番必要なのは、まず共感すること、そういう人がいてくれること、というのはわかるんだけど・・・(村では他人の痛みや苦しみに対して、村人が共鳴行動を起こす)
最後にクリスチャンが燃やされたとき、始めは泣きそうな顔だったダニーが最後に微笑んだのは、周囲の人々が泣き叫び苦しむことで、それはクリスチャンの痛み苦しみと同時にダニーの苦しみも共有することになって、ダニーは解放されたんだろうなとは思ったんだけども・・・ただ、監督が「狂気に堕ちた者だけが味わえる喜びに屈した」「自己を完全に失い」って言ってるように、とてもハッピーエンドとは思えませんでした。
蛇足だけど、30年ぐらい前にダニーと似たような状態になったことがあり、自己啓発セミナーに入る寸前まで行ったことがあったことを思い出して、ちょっとゾッとしました。
オウム真理教なんかもあったわけだし・・・実はとても現実的なホラーかもしれないですね。
こういういろいろ考えてしまう映画って好き。
久しぶりにすごく満足感のあった映画でした。
そうそう、びっくりだったことが一つ。
ダニーたちが村で最初に経験するエグイ儀式で崖から落ちる老人が、ビョルン・アンドレセンでした!
あの「ベニスに死す」の伝説の美少年、ずっと俳優やってたのね・・・
最近日本でも大流行りの「北欧風」の魅力満載の、明るくて美しいホラー映画。
ホラーとしてはかなり親切。これから何が起こるか、ほぼわかります(^_^;)。
現実かどうかとか、正気かどうかとかも、かなり親切にわかりやすい。
一般社会とはかけ離れた思想と秩序で営まれる村、そのシステムも村人が折に触れきちんと説明してくれるので、何事かが起こっても「ここはこういうところなんだな」で納得してしまいました。
あと、自分の無知&鈍感で、怖がるポイントを逃したな、というところがありました。
ジョシュが殴られて倒れた後の「音」。全然なんだかわかんなかったけど、わかった人にはものすごく怖いポイントだったらしい。
もう一つは「血のワシ」。知らなかったので、サイモンが吊るされてるのは分かったけど、これはいったいどういう状態?ってなって、巻き戻して見直してもわからなかったという。「皮を剥がされたのかな?」ぐらいは思ったけど、わからないと怖くないもんですね・・・
気になったのは、ドラッグについてで。
村に行く途中休憩の場所で、「一休みしてお茶でも」的な気軽さでドラッグが配られるのが、「え~、外国ではこういうもんなの?」みたいな、でもダニーはちょっと戸惑ってたしなぁ、とか、ちょっと混乱しました。
結局、村ではことあるごとにドラッグ。
だから、この村は確かに村独自のシステムで安定してるかもしれないけど、根源的にはドラッグに支配されてる狂気の村ってことなのかもしれないなと思いました。そう思うと、監督の「ダニーは狂気に堕ちた者だけが味わえる喜びに屈した。ダニーは自己を完全に失い、ついに自由を得た。」と言う言葉も腑に落ちるなあと。
ダニーの孤独感って、よくわかるんです。彼女には精神的に不安定になる理由がちゃんとある。だけど周囲はそれを全く理解せず、メンヘラでメンドクサイ女、ぐらいにしか思ってない。
ダニー自身も、周りに頼りすぎちゃいけないと思って自分を抑えることで、さらに精神的に不安定になる。
そういう人間に一番必要なのは、まず共感すること、そういう人がいてくれること、というのはわかるんだけど・・・(村では他人の痛みや苦しみに対して、村人が共鳴行動を起こす)
最後にクリスチャンが燃やされたとき、始めは泣きそうな顔だったダニーが最後に微笑んだのは、周囲の人々が泣き叫び苦しむことで、それはクリスチャンの痛み苦しみと同時にダニーの苦しみも共有することになって、ダニーは解放されたんだろうなとは思ったんだけども・・・ただ、監督が「狂気に堕ちた者だけが味わえる喜びに屈した」「自己を完全に失い」って言ってるように、とてもハッピーエンドとは思えませんでした。
蛇足だけど、30年ぐらい前にダニーと似たような状態になったことがあり、自己啓発セミナーに入る寸前まで行ったことがあったことを思い出して、ちょっとゾッとしました。
オウム真理教なんかもあったわけだし・・・実はとても現実的なホラーかもしれないですね。
こういういろいろ考えてしまう映画って好き。
久しぶりにすごく満足感のあった映画でした。
そうそう、びっくりだったことが一つ。
ダニーたちが村で最初に経験するエグイ儀式で崖から落ちる老人が、ビョルン・アンドレセンでした!
あの「ベニスに死す」の伝説の美少年、ずっと俳優やってたのね・・・
コメント
たしかに何かというと『薬』でしたね。信仰、作られたルールで自分たちを縛ることに徹底していて、でも当人たちは縛られているなんて思ってなくて、むしろ喜びを感じている。村の若者は外の世界に出られるし謎に『オースティンパワーズ』も見られる。それでもホルガはホルガのままあり続けていることにまた根深さを感じます。
実際似非でも形としてああまで大勢の他人と感情を共有できたら、そんなことが頻繁に当たり前のようにある場所にずっといたら、世界が今とはちがったものに見えてくるのかなと少し考えてしまいます。
カルトの本質はすごくよく描かれていたと感じました。
ハマったら快感(もしくは多幸感)で抜け出せなくなるのが理解できたというか・・・。
人はあまりにも精神的に辛いと自殺してしまいますが、凄く幸せだとそれはそれで「今なら死んでもいい」という気分になったりするじゃないですか(ありませんか?私は結構あるのですが(^_^;))
そんな風に、ホルガ村の人たちは、いつもとても幸せだから「死」なんて大して怖くないし、「何を置いても命が一番大切」という価値観ではないんでしょう。その快感or多幸感を維持しているのがドラッグ、ってことかなぁというのが、私の結論ですかね(^_^;)