★凛さん、はちみつさんに秘密。


ようやく、息子の入学式。
といっても、普通の学校のような儀式ばったものではなく、小1時間ほどでさらっと。
来週からぼちぼちスクーリングも始まるけど、本格的に授業が始まるのはGW明けから。
そして、スクーリングが始まっても授業は週3日だし、それも午前中だけだったり、午後からだったりするので、時間はたっぷりある。
さ〜て、その時間をどう使おうか、息子よ。
なんか、わくわくするよね〜、いろんなことができるじゃん?

と夕食時に話してたら、ダンナから「お前が決めるな、本人に考えさせろ」と。
そりゃそうだ。私だってそのつもりだ。
だけど、15歳に一から考えさせろっていうつもり?
私は、それは無理があるんじゃないかと思うんだけど。
選択肢ぐらい提示してやってもいいんじゃない?
「ママたちはどう思う?」って意見を求められたら、「私はこういう理由でこう思う」って言っちゃダメなの?それってアドバイスってことにはならないの?

最近ダンナは急に、ホントに唐突に、私に対して
「お前が1から10まで決めてやるから、アイツがいつまでたっても成長しないんだ」と言い出した。
私は決して息子の1から10まで決めて手取り足取りしてやってるつもりはない。むしろ同年代の母子としては、ほったらかしの部分が多いと思っている。
だけど、私が息子の生活に関して「こうしてみたらどう?」「あんなのはどう?」と提案すること、そして息子がそれに促されて動くこと、が、私の甘やかしであり息子の甘えだと映るようだ。

要するに、ダンナは息子に、「自ら探し出して」欲しいのだろうと思う。
気持ちはわからないでもないんだけど。

でもダンナの場合、その気持ちが「人の意見にダメ出しはするけど、代替案を出すことはない」という結果を生んでしまう。
子供にしてみれば、父親と話をすると自分の意見が否定されるばかりになる。
「じゃあ、パパはどうしたらいいと思うの?」と問い返せば「それは自分で考えろ」ということになる。
それはやっぱり、子供たちにしてみたら理解も納得もできないでしょ。

こういうのってやっぱり、その人の育った環境がすごく影響するんだなーと痛感する。
地方の古い慣習の残る土地で生まれ育ったダンナには、大人と子供が対等に話をする、ということが身に付いていないのだ。
父親を敬えとかそんな風に威張り散らすような性格ではないので、普段は子供に言いたい放題言わせてるけれども、ちゃんとした話し合いをしようとすると、対等な意見交換ができない。
自分の価値観に照らして合致しない部分を否定するだけになる。
「そうじゃなくて、オレはこう思うんだ」「そうじゃなんて、オレはこうしてみたらどうかと思うんだ」という気持ちの後半部分が言葉にならないのだ。
と私自身がそう思えるようになったのもやっと最近のことだったりするんだけど。
ま、典型的な「昔のお父さん」になっちゃってるってことだ。

だから。

やっぱり私が、良くも悪くも口うるさいお母さんになるしかないでしょ。
アナタが言葉に出来ない分、私が言うしかないでしょ?

その辺りだけは、わかって欲しいと思うんだけどなー。

ただ救いなのは、仕事仕事の父親の背中を、子供たちは案外ちゃんと見てるらしい、と思えること。
父親の不器用な性格を、案外ちゃんと見抜いているらしい、と思えること。
今それが出来てたら、子供たちがホントに大人になったときには父親のことをちゃんと理解できるかもしれないな。
反対に私が批判されたりして・・・。「考えてみればいい加減な母親だったよなー」とか・・・言われそう・・・・・

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